DAY.10 ズジズワフ・ベクシンスキー

2018/07/27

クラクフ3日目。
この日は忘れられない日となった。

ポーランドという国名を耳にすると、必ず頭に浮かぶ人がいる。

ズジズワフ・ベクシンスキー(Zdzisław Beksiński)。

ポーランドの偉大な芸術家である。

つい2日前にギャラリーを訪ねたプラハの芸術家ヤン・シュヴァンクマイエルしかり、僕は東欧の「闇」を抱えた雰囲気にシンパシーを感じる。

7年前、パリからイスタンブールまでヨーロッパを横断した時に如実に感じたが、「東欧」と呼ばれるチェコに入ったとたん、歴史的背景がそうさせるのであろう、雰囲気が変わった。
プラハ城はそれまで見てきた城と雰囲気はかけ離れ、まるで悪魔城のような妖しい雰囲気を発している。


フランツ・カフカや、シュヴァンクマイエルの表現も考えてみれば明るいものではない。プラハでは世界で唯一の、「拷問器具博物館」も有名である。


ボスニアでは観光地に建つ家の壁にも銃弾の後がたくさん残っていたし、ルーマニアのドラキュラ伝説、ポーランドにはアウシュヴィッツもある。


西ヨーロッパの一見豪華で華やかな雰囲気よりも、人間の生々しさを感じられる東ヨーロッパの表現に惹かれていた。

ドグラマグラが愛読書だった孤独で陰気な高校生だった自分は、救いと安らぎを求めて音楽やアートなどを掘って掘って掘りまくり、その行為が更に孤独を助長するとも知らず、陰気臭さに更なる磨きをかける事に日々一生懸命だった。

ポーランドの南東部、サノクという小さな町出身の芸術家ズジズワフ・ベクシンスキーとの出会いもおそらくその頃である。

一度見たら脳内にこびりつくまでの鮮烈な描写、見たことも想像した事もなかった世界観に井出青年は見事に心を鷲掴みにされたわけである。(以下シュヴァンクマイエルの時と同文)


この日は片道4時間かけて、クラクフから日帰りで彼の出生地であるサノクへと行ってきた。


これといった観光資源のない、リアルなポーランドの田舎町といった印象。

ベクシンスキーはここに生まれ、生きたのかと感慨深い気持ちでSanok castle内にある美術館へと向かう。
先に結論を述べると、もう、自分でも自分に驚く程に、ベクシンスキーの絵を前に、感動した。

絵を見て、自然に涙が出てくる事などありえないと思っていた。
ベクシンスキーという人間について、それまでどうしても理解できなかった点がある。

それは、彼はこのような暗い絵を描いていながらある程度社交的で、どちらかといえば明るく、人と話す事を楽しむ人だったという事だった。
そんなことはありえないのではと思っていたが、
彼の絵を直接見てまずその謎を理解できた。

彼の絵にはその退廃的な描写に反比例するように、深い慈愛と優しさが詰まっていた。なにも難しいことを考えていない子供が意味不明な雄叫びをあげてただ楽しそうに笑っている姿を見てこっちも理由もなく笑ってしまうような、純粋無垢で、意味を超えた、絶対的な領域の中に存在する深い安らぎのようなもの、その片鱗を垣間見ることができた。彼の絵は何も訴えていなければ、何も主張をしていない、意味はない。ただ彼は彼の中の聖域の風景を、なるべく現実に忠実に描いているだけだった。その聖域の美しさと、聖域に対する彼自身の愛の深さが垣間見れた時に、そのあまりの純真さに、涙が出てきた。
妻に先立たれ、その翌年に一人息子が自殺し、天涯孤独の身になりながらも、なぜこんなに穢れのない絵が描けたのか。(そして自身も、この絵を書き終えたその日に、体をメッタ刺しにされて、殺された。)
これは今書きながら思ったことだが、彼はヘンリーダーガーと同じだったのかもしれない。少年時代にナチスドイツのポーランド侵攻を経験した頃から彼は彼の独自世界を構築し、ただ「自分」という1人の人間の、皮の内側の奥の奥に存在する自我の置き場所を自分で確認し続けていただけなのかもしれない。
彼が自分の絵に一切タイトルを付けない理由も実際に絵を見ることでよくわかった。人は自分の家のキッチンに名前をつけないからだ。
とにかくそういう感じで、感動的を越えて神秘的なまでの経験でした。

いつまでもここにいたい、ずっとこれらの絵と共にいたいとまで思いました。

ポーランドにお越しの際は是非、サノクへ。晩年にフォトショップで作られた貴重なコラージュ作品なども多数展示されていました。
絵も実際に見ると全然怖くないです。(草間彌生のほうがよっぽど怖いです)

クラクフへバスの中でも余韻は冷めず、一体あの感覚はなんだったんだろうと、30年生きてきて今まで感じたことがなかった自分の心の動きを反芻しながら、窓の向こうの現実に広がる田園風景を、ただただ4時間ぼんやりと眺めて続けていました。

明日はクラクフにある別のベクシンスキー美術館へ。

※日本ではベクシンスキーで検索すると「3回見たら死ぬ絵」などと彼の崇高な芸術を愚弄するかの如き稚拙極まりない文言が付随されていると思いますが無視して下さい。見ても見なくても人は死にます。

///

井出雄士
Instagram/@maruigeta

リトアニア、RASOS SODYBAにて