DAY.08 ヤン・シュヴァンクマイエル

2018/07/24

マックスとは別の宿を取っており、僕はもう朝9時発のオストラバ経由クラクフ行きの電車とバスを予約していたため、昨夜のうちにお別れをした。


マックスもプラハの超観光地化には随分とがっかりしたようで、「ユウジにも会ったし、ホテルをキャンセルしてフライトを変更して明日帰る」との事だった。


もうプラハの中心部はなるべく歩きたくなかったが、今日は朝早く起きてやらねばならないことがある。

敬愛する芸術家であるヤン・シュヴァンクマイエル(Jan Svankmajer)の自宅兼アトリエの「ガンブラ・ギャラリー(Galerie GAMBRA)」へ行き、彼への手紙をポストへ投函するのだ。

シュヴァンクマイエルはプラハ生まれの芸術家で、人形劇の文化が盛んであるチェコにおいて自身も人形を使っての映像製作からスタートし、それはいつしか映画となり多くの映像作品を残している。


コラージュをベースとした絵画、彫刻作品も多数製作。

かつてアンダーカバーというブランドが2004年SSで彼へのオマージュとしてのコレクションを発表した事で知った僕は、彼の芸術に顛倒し、彼の作品を1つでも多く見ようと画集やDVDを買い集めてはその世界観にのめり込んでいった。
彼は今83歳で、おそらく最後の映画作品となるであろう「蟲」という映画を完成させた。(日本公開日は未定)


7年前に来た時は、彼のアトリエ「ガンブラギャラリー」は一部一般公開されていた。

もちろん彼に会うことはできないが、彼が生き、製作をする空間に足を踏み入れる事に感動し、ワクワクしながらギャラリーを探して緊張しながら扉を開けたあの瞬間を今でも鮮明に覚えている。
(今はわからないが当時はプラハでもそんなに有名ではなかったようで、情報がなくて苦労した)
そんなガンブラギャラリーは、数年前から閉めてしまった。
そしてもう、開く事はないだろうと個人的には思っている。
そしてまた彼が存命の間に、自分がこのプラハに戻って来る事はないような気がする。

実際に彼の住居へ自分の足で来る事ができるのも最後かと思うと、彼の作品がいかに僕が救われたか、その感謝を伝えたいと思ったのだった。
朝5時に起き、google翻訳で英語からチェコ語に変換し、直筆で手紙を書いた。

トラムに乗り、プラハ城の裏手、なんの変哲もない裏路地の一角にガンブラギャラリーはある。
本当に閉まっていた。

中を覗くと、そこが確かに彼のギャラリーであったことを示す、描きかけのキャンバス、操り人形などが転がっていた。

ポストに手紙を投函しようとすると、中には行政からと思われる手紙が詰まっており、そのどれもが2005年に先立たれた妻エヴァ・シュヴァンクマイエロヴァー宛てのものであった。

彼女も同じく、著名な芸術家であった。

ヤン・シュヴァンクマイエル。
明らかに僕の精神構成の一部を形成し、修復してくれた、遠いチェコに生きる1人の人間。

彼の最後の映画「蟲」を見る時にはきっと、このなんとも言えない気持ちで帰りのトラムに揺られている時の事が思い出されるのだと思う。

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井出雄士
Instagram/@maruigeta

クラクフ行きのバスの中にて