DAY.02 →モスクワ→ミュンヘン

2018/07/19



倉敷を21:15に出たバスは、朝7:40に着くはずであった。

夜行バスは予定より早く着くことはあっても、遅れたことはいままでなかったので心配していなかった。なのに東京に入ると気付いたら全然進んでいない。

大渋滞。こんなんばっかりだ。

もともと東京についてからもギッチギチのスケジュールで成田まで行かねばならず。

新宿に着いたら新宿中央郵便局へ局留めで送った郵便物のピックアップ、
大崎駅まで行き空港行きのバスに乗り、
空港に着いたら速攻でチェックインしないと飛行機に間に合わない。


バスは8:30にようやく着いた。「遅れてすんませんでした」的なアナウンスを途中で止め、無理やりドアを開けてもらいバックパックをバスから引っ張り出して郵便局へひた走る。

5分で郵便局行って1分で荷物もらって5分で駅まで行って切符買って埼京線8:41に乗らないと間に合わない。

いつものことである。
なんとかしてやるクソ野郎と巨大なバックパックを背負って早朝の新宿の街にビーサンの音をペタペタペタペタと響かせながら走り回り、サイヤ人のように全身から熱気を放出しながら満員電車に飛びこんだ。

つまりなんとか間に合った。

なんども言うがぼくはこういう事が起こり続ける宿命の元でしか生きていけないのである。
神さまが僕で遊んでいるのである。
僕自身がこの人間性を矯正しようとしても全くの無駄で、この欠落した人間性を肯定しながら乗り越えていくしかないのであるクソったれが。

さてこのようになんやかんやとあり、

その後はバスで成田へ、



成田からロシア・モスクワへ9時間のフライト、


モスクワで3時間ほど待ち、



ドイツ・ミュンヘンへ着いたのが現地時間の21:50。


なぜか二列しかないイミグレをずーっと待ち、隣のロシア人の子供が泣きながらおしっこを床にぶちまけ、荷物をピックしたら22:40になってしまった。

夜中なので空港で寝りゃいいかと思っていたのだが、ミュンヘンの友人が
「遅くても大丈夫だから街まで出てきなさい!」とのことで、ほんとに大丈夫かなと心配しながらATMでとりあえず200ユーロ(26000円くらい)を降ろす。


人もまばらな深夜の空港を歩き、言われた通り地下鉄SバーンのS8に乗ってISARTORに向かう。



移動続きで頭がぼんやりしているからか、ここまで来てもまだ旅の実感がない。

23:40、ようやくISARTORに到着して電車から飛び降りると、「YUUUUJIIIIIIII!!!!」という甲高い声が深夜のホームに鳴り響く。
友人のAlineが駅で待ってくれていた。

再会を喜びながら、疲れも忘れて夜中のミュンヘンの街をAlineのフラットまで歩く。


Alineのフラットは、なんとヒトラーがミュンヘンに越してきた時に最初に住んでいた部屋があるらしく、歴史的建造物となっているらしい。

「今はドイツ人とイスラエル人のカップルがその部屋に住んでる。皮肉なものよね」

疲れてるだろうから一杯だけ、とワイングラスに赤ワインをなみなみ注いでくれ、ウェルカムドリンクを頂いた。


テラスから眺める風景、匂い、音、その全てが昨日と違う。

結局深夜3時まで話は尽きず、一杯だけのはずだったオーストリアワインのボトルはいつのまにか空になっていた。

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井出 雄士
Instagram / @maruigeta

Munich Indastrial University の図書館にて