Kimono reconstructing

空き家だらけの瀬戸内海の島々から古い着物を集め、分解し、再構築しています。


ファストファッションが台等し、安くて丈夫、そして当たり障りのない服達が日常着のスタンダードとなった現代。


世に服が有り余っているという事実は、世界基準ですでに常識のこととなりました。

そんな中に、新規参入で新しく服を作る余剰も需要もないように感じる時があります。


アパレルは現在、産業が始まって以来最も絶望的とされる状況にいます。

巨大企業が業界を牛耳り、「それ以下」の規模のものは恐ろしいスピードで淘汰されています。


そんな状況下で、僕たちは2人でゼロから服作りを始めました。

もはや戦う相手は巨大企業ではなく、自分の心の声との戦いです。


なぜこの状況下で、服なのか。その目的は、真意はなんなのか。


新しく服を作ること、それ自体に価値があるのか、わからなくなる時もあります。


日本人が洋服を作る事への違和感も、未だに拭いきることができません。


「その風土」に適した衣服は、その風土の上で自然発生的に形作られ、自然に日常着となり、そして気づけばそれらがタンスの奥から出てくることはなくなりました。


「洋」服が日本人の国民的な日常着となり、洋服が似合う西洋の人達に憧れながら生きてきました。


なぜ彼らは美しく身にまとい、日本人には合わないのか。

その矛盾に気づくことのないまま産業だけが高速で肥大化し、崩れていき、ようやく人びとがその矛盾になんとなく気づき初めているように思います。


このアパレル神話が終わった「その後」の今こそ、かつて日本人がタンスの奥に突っ込んだ「着物」の価値を再考し、その服だけが我らの人間性に与えてくれる豊かさを再考するべきではないでしょうか。


僕にできることは、あくまでその埃を被った着物達の側の立場において、

浦島太郎となった彼らがこの世界においても日の目を浴びることができるよう、背中を押してやることくらいなのだと思います。


-Kimono reconstructing-